ストレスと暑さ…工事の夏になっちゃった。

先週から近所で工事が始まった。
ビルが解体される。
 
今は未だ その準備作業段階。
 
地質調査と作業現場確保の目隠し壁の設置。
 
地質調査のポールの打ち込み と、
 
壁を支える柱の杭打ちが喧しい。
 
〜〜‥。
 
 
セミの声に茹だる暑さを感じる事は無さそうな感じだったけど、
 
この工事の騒音によるストレスで、
多少の暑さでも 気に障るようには なりそうだ。
 
 
体感的な暑さにはストレスが大きく関与するんだなー。
 
…と、改めて感じた。
 
イメージ→ 
 
 
そこで思う。
 
世間一般の今期の節電対策に対して…。
 
 
あれを、

『東電の「せいで」こんなことしなきゃ「ならない」』
 
‥な〜んて 思いながら やってるのなら、
 
せっかくやっても効果は半減しそうだな〜。なんて思ったり。
‥♪
 
 
スーパーが、節電と称して証明を減らし冷房を抑えても、
 
顧客から苦情が来る事もなく、経費節減、収益アップができて
 
ウハウハだなぁ〜♪
 
…と思っている かどうかは 定かじゃないけれどw
‥♪ 
 
そんな感じでやっている方が、楽しめて、
体感的にも効果は倍増するんじゃないかな〜?
 
節電と暑さ対策。
 
‥‥。
 
 
 
「自分で育てた野菜は甘(うま)い」〜とか、
「自分で作った料理は美味しい」〜とか、言うもんね。
 
それって、
 
「自分が費やした労力を、無駄とは思いたくない」って心理が、
 
言い訳として、それを「良い」と感じさせる理屈を、
いっぱい いっぱい 頭の中に作り上げているんだ〜とは思うけど*1
 
そんな感じで〜♪
 
‥‥♪
 
 
…。
 
ちょっと話が 入り乱れちゃったかな。
 
いいよ。
 
 
 
能動的でなく、受動的な要因の場合、
 
それに対する行動は、「させられている」であって、
 
自分で決めた時に降り掛ってくる「責任」と違って、
 
そこでの不満足に、自分の失敗として不名誉な気分には ならなくて済む。
 
そうさせた要因…「誰か」のせいなんだから、被害者。
 
すべて「そいつが悪い」って、できちゃう。
 
 
責任回避においては、その思考パターンは有益かも知れないけど、
 
「快適に夏を過ごす」という側面から評価したら、
やっぱり それでは損してる。
 
 
 

ちなみに…。

 
神様も、そんな対象になりやすい。
 
全てが神の意図ならば、自分のどんな意志決定も、
行動の成果も、失敗成功の如何も、
ぜ〜〜〜んぶ、神様が決めた事!
 
…って、できちゃうからさ。
 
 
そうやって自分のことは自分で免責できたとしても、
免責してしまえば、戒めにはならないし、
行動を改める契機にもならない。
 
結果、いつまでも不満足な状況に ありつづけることになっちゃう。
 
それは天罰‥って訳じゃ無いけれど、実質、みたいなものだよね。
う、うん。
 
そういう意味からしたら、
神の意図は、感謝に価するもののみに
向けていた方が、なにかと良いワケ。
 
天からの下賜‥って訳じゃ無いけれど‥、
みたなもの♪
 
‥だよね。
 

*1:これとは逆で、イジメは嫌いな相手を 嫌って良い理由を作り上げて その行為を肯定するそうだ。和を乱すとかなんだとか、そういった「真っ当な理屈」に先駆けて、「嫌い」だという感情が先立っているそうだ。確かに、そうやって持ち出された「理由」に該当する者が他にも居ても、そちらへは攻撃の目が向けられなかったりするものね。